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Forest Instructor Association of Japan

宮城の海岸林防災林の復興状況と課題 1

                                     執筆:相澤孝夫氏(宮城10-0685)

はじめに ~被災前の宮城県の海岸防災林の状況と海岸防災林のはじまり~

 
 宮城県には昭和23年以降、海岸防災林の維持管理を目的とした海岸林保護組合(以下「保護組合」という。)が組織され、昭和28年には35組合が存在しました。
 平成23年東日本大震災による津波発生前には、保護組合員の減少と高齢化が進み、一部の海岸防災林では手入れ不足により機能低下が見られる箇所もありました。
 保護組合の活動低下により、県内最後の連絡会が震災前の平成22年に解散したこともエポックの一つでありました。

 さて、宮城県での海岸林造成の始まりは、西暦1600年頃、400年以上前にさかのぼります。当時、若き仙台藩主、伊達政宗公は、海に近い湿地を開田するための排水、城や街づくり用の木材といった物資の運搬などを目的として、長大な海岸林と運河の造成を始めました。運河の造成は明治時代まで続き、今では全長49㎞に及ぶ日本最長となっています。
 江戸時代中期には、人口100万人の江戸で消費される米の1/2~1/3を仙台藩が供給していました。海岸防災林は米や魚の干物の生産に大きな役割を果たしておりました。
 特に、昭和初期には本多静六などの研究者が宮城県を訪れ、海岸林の機能と造成方法について調査しました。これを契機として国庫補助事業を創設、全国的に海岸防災林が再認識・整備され、維持管理されてきました。

 東日本大震災の津波は千年前の貞観地震の津波に匹敵するといわれ、被災した宮城県の海岸防災林の面積は 1400㏊余りにおよびました。
 その後、森林インストラクター会宮城で海岸防災林を調査したところ、主力樹種であるクロマツの林齢は、最大でも150年生程度でした。
 名取市閖上(ゆりあげ)には、「あんどん松」と呼ばれるとても大きなクロマツが旧街道の並木を形成しています。最近伐られた伐根の林齢を数えたところ、220年でした。これまでにも県内の太いクロマツの年輪を何本か数えましたが、最大で250年程度でした。このことから、海岸林は江戸時代初期に造成したままではなく、少なくとも2、3回は植え替えられていたと思われます。
 海岸防災林は、ここ400年で大小併せて20回程度の津波のほか、河川工事や港湾工事による砂浜の浸食、ツチクラゲ病や松くい虫被害など、絶えず外圧や攪乱にさらされてきました。
 造成後の海岸防災林には地元民により、たゆみない努力が注がれていたからこそ、機能の高い海岸防災林が維持されてきたのです。これは数々の記録誌や保護組合長への聞き取りでも明らかです。

 2011年の被害発災から5年が経過しました。宮城県の海岸防災林復旧は2016年6月11日現在で25%、完成した災害公営住宅は63%、仮設住宅にお住まいの方はいまだに3万5千人という状況です。

 当会には全国の森林インストラクターの皆様から暖かい義捐金を頂戴し、2012年に全国研修会を開催させていただきました。大変感謝しております。どうもありがとうございました。
 それでは、これまでの活動内容についてまとめてみることにします。
東松島市浜市
被災前の海岸防災林

東松島市浜市
被災直後の海岸防災林

東松島市浜市
被災直後の海岸防災林
近影
名取市閖上のあんどん松
遠景
名取市閖上のあんどん松
近景
 


これまでの活動の経緯 ~平成23年~

 
 被災直後の森林インストラクター会みやぎの会員の動きとこれまでの活動をまとめてみます。
 
◆東日本大震災の発生
 3月11日14時46分にマグニチュード9.0,震度7の巨大地震が発生しました。
 ライフラインの復旧(例えば筆者の場合、電気に3日、水道に13日、ガスに20日)と安否確認に時間がかかりました。
被災から半年くらいの間、当会では多くのメンバーが、それぞれの職場等において被害調査、物資補給、避難所管理運営などの業務に就いていました。
 自宅が半壊、浸水した会員、家族に二日間会えなかった会員、知人やそのご家族が亡くなった方、自宅が全壊された方なども多くいらっしゃって、複雑な思いでした。
 
◆海岸防災林被害調査等
 会員の安否を確認、当会では今後も海岸防災林の復興に取り組んで行くことを合意し、まずは被災状況の把握を行うこととしました。
 8月13日と8月15日に概況調査を行い、9月19日に首都圏の森林インストラクターと被害状況を調査し、10月15日に植生の予備調査を行いました。
 10月28日と10月29日に石巻市で日本海岸林学会石巻大会が開催され、参加し、森林総合研究所や大学の専門家の取組状況を現地で聞きました。
 知識の準備が整ったところで、仙台湾、石巻湾の海岸防災林から7箇所を選定し、種数・被度などの植生調査、樹高・胸高直径・健全度などの毎木調査を11月3日、11月12日、11月13日に行いました。
 7箇所の海岸防災林の林齢は63年生から159年生、立木密度は200本/haから975本/haでした。
調査を通じて、江戸時代後期に更新されている林分が多く、長期にわたり地元民により管理されていた形跡を知ることができました。減災機能を発揮するのに適した林分構造と林齢がありそうです。
 11月26日には、神奈川県藤沢市で開催された全国農村サミットにおいて、宮城県の海岸防災林等の被災状況を発表しました。


~平成24年~

 
 3月14日に、都市防災と災害医療シンポで宮城県の海岸防災林等の被災状況を発表しました。
被災した海岸防災林は、時間の経過により状況の変化が見られましたので、5月12日、5月13日、6月10日に再調査を行いました。

 海岸防災林の調査状況をとりまとめた「常在度表(亜高木以上)」を示します。
 

 被災した海岸防災林に残っていた植物の種数は95種類に上りましたが、亜高木以上の木本植物はわずか15種類でした。目的樹種であるクロマツ、アカマツを除くと常緑広葉樹はシロダモのみで、ほかはすべてが落葉広葉樹でした。常在度の高い順からコナラ、ニセアカシア、サクラ類、アオダモ、ヤマグワでした。
 マツ類以外の被度が高い箇所は、管理されていない海岸防災林でした。
 次に、「樹高階分布の変化」についてみると、63年生の吉田(亘理町)では樹高階毎にマツ類が分布していますが、植栽後100年を超えた牛網(東松島市)、寺島(岩沼市)、井戸(仙台市)では10m未満にはマツ類はありませんでした。
 

 牛網,寺島,井戸の3箇所のうち,寺島だけがマツ類以外の樹種がなく,しかもマツ類の立木密度が575本/haと最も高くて樹高15m前後に集中しているのはなぜでしょう。
 これは寺島が牛網と井戸に比べて,人の手によって管理されていたからに他なりません。これら4箇所はもちろん立地の違いがあって、一概に数値だけを比べて評価することはどうかと思いますが、寺島には1mにも満たない小さいマツが植栽されていたことからも管理の違いは明らかでした。

 また、全国会から頂いた義援金を活用して現状を伝えることから始めることとし、11月10日と11月11日に森林インストラクター全国研修会で行うことを決め、10月14日、10月20日と11月3日に現地の最新情報収集ととりまとめを行いました。
 全国研修会には29人に参加いただき、海岸防災林復旧等に関する森林インストラクターの役割について検討していただきました。様々なご意見を頂いた中から、「まずはできることから始めよう」ということでまとまりました。

調査風景
井戸(仙台市)
調査風景
長浜(石巻市)
全国研修会
長浜(石巻市)

~平成25年以降~

 
 平成25年は東京会会員などの海岸防災林視察を行いました。
 平成26年から平成27年にかけて当会会員による海岸防災林に関するスキルアップ研修を3回開催し、平成28年も2回開催することとしています。この間、主力である松くい虫抵抗性クロマツのほか、植栽された広葉樹の生育状況について調査しました。

 次回は、千年に一度という大きな津波被害に対して、海岸防災林の果たした機能、復興の状況、課題について綴ってみたいと思います。