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連続特集  竹  ▼  
第2回 竹の神話 〈2004.9〉

 竹シリーズ2回目の今回は、「竹の神話」という課題を頂きました。神話とは少し離れるかもしれませんが、昔から語り継がれている物語などを通して、日本人と竹について考えてみたいと思います。

●竹に畏れを抱く
 昔、竹は神秘的な霊力をもっていると信じられていました。それは、竹の卓越した成長力、生命力や、竹の節(空洞)など特異な形状に起因して、何か神秘的な力を連想していたのでしょう。今ではこれら竹の特徴の多くが科学的に解明されていますが、昔の人には不思議そのもので畏れを抱くに十分だったと思います。それは、日本神話に竹の不思議な力を伝えている事からも解ります。

●産室を竹屋とよぶのは、コノハナサクヤヒメがお産で・・・
 天照大神は、孫のホノノニニギを地上に下らせました。ホノノニニギが降り立ったところいわゆる高千穂は、荒れ果てたやせた土地だったので良い土地を探し求めて歩き回ります。するとコノハナノサクヤヒメという大変美しい娘に出会い、一目惚れしました。あっという間にコノハナノサクヤヒメは、懐妊し3人の子を産みましたが、この時、竹で作った刀でへその緒を切りました。捨てた竹の刀がたちまち竹林になって産室になったというものです。この話にちなんで鹿児島では産室を竹屋と呼びます。これと同じような話は、マレーシア、インドネシアにもあるそうです。

●海彦山彦の物語〜竹櫛が竹林に、水の漏らない竹かごに
 また、コノハナノサクヤヒメが産んだ長男はホデリといい海の仕事にたけていました。末っ子はホオリと言って山の仕事にたけていました。ある日お互いに道具を交換してホデリは山へ、ホデリは海へ行ったところ、両者とも不首尾に終わったばかりか、ホオリは借りた釣り針をなくしてしまいます。ホオリは何度も謝りましたが、ホデリの許しを得ることができません。海岸で途方に暮れていると、同情した老人が竹櫛を大地に投げ付け、その竹櫛はたちまち竹林になり、老人はその竹を使って水が入らない竹カゴを編みました。ホオリはこのカゴに乗り、釣り針を見つけて戻ってくるというものです。いわゆる海彦山彦の話です。

 もともと、一晩で子供が産まれたり、竹で潜水艦を作ったり、滅茶苦茶なのですが、なぜ竹なのでしょうか?竹には計り知れない霊力が潜んでいる信じられていたに違いありません。

●大和王朝と隼人族・竹取物語へ
 さて、海彦山彦の話には続きがあるのをご存知ですね。ホオリ釣り針を返してもまだ許してもらえず、ついに万策尽きてホデリを殺してしまうのです。元々日本神話はヤマト王朝の正当性と神聖性を明らかにするという極めて政治的な目的で創作されたものですから、ホオリはヤマト王朝、ホデリは隼人族であると言われています。大和王朝と隼人族というと私は「竹取物語」を思い出します。竹取物語は、日本最古の恋愛小説として有名ですが、ただの恋愛小説ではないという意見の学者が大半です。

 「今は昔、竹取の翁という者ありけり。野山にまじりて、竹を取りつつ、よろづの事につかひけり。名をさかきのみやつことなむいいける。」皆さんも原文に目を通したとまでは行かないまでも、話の大筋はご存じのことと思います。

 とても貧しい生活をしていた竹取の翁は、光る竹の中にかぐや姫を見付けます。それ以来、竹を伐る度に竹の中に黄金が入っていて、たちまち長者になっていきます。また、かぐや姫はすぐ成長し、その美しさに5人の貴公子が求婚してきます。この五人の貴公子(石作皇子・車持皇子・右大臣阿倍御主人・大納言大伴御行・中納言石上麻呂足)はいずれも日本書紀(720年)に出ている実在の人物とのことです。ついに、御門まで求婚してきます。しかし、かぐや姫はすべてを拒否した後、翁にも悲しい別れを告げて月に旅立つというものです。

●富と権力への批判
 さて、この竹取物語はおよそ西暦900年代の成立とのことですが、明確な成立時期や作者すら明らかではありません。西暦900年代といえば京都に建都してようやく落ち着きを見せてきた平安時代です。すなわち、飛鳥・奈良時代に確立された強大なピラミッド型集中権力が平安時代に継承され、それが底辺の人々を虐げ、苦しめていた時代なのです。

 竹取物語の本当の意味は、かぐや姫を「世直し人」に見立て、貧しい暮らしを強いられていた竹取りの翁をモデルに、富と権力を懲らしめるという権力批判のものという学説が有力視されています。だからこそ、実在の人物を登場させる必要があったのです。

●竹細工技術を身につけた海洋民族が土着し、差別のもとで
 もともと、竹にかかわる人々は海洋民族であったと言われています。かつて九州南部にいた隼人民族は南洋諸島の竹細工技術を身に付け、日本にたどり着いて土着民となりました。彼らは勇敢で強大な畿内政権に最後まで頑固に抵抗しましたが、ついに破れ畿内に連れて来られ、畿内隼人と呼ばれて竹器を作らされていたのだそうです。そのころは奈良・平安時代には竹林や竹は珍しいもので、竹を細工する技術や文化も存在していなかったため、畿内隼人の役割は大きかったのですが、厳しい差別があったという歴史的事実の上にこの「竹取物語」が書かれたと考えられるのです。

●竹取物語から竹の生態を読み取る
 一方、森林インストラクターとしてこの小説の中で興味をそそるのは、「筒の中光りたり。それを見れば、3寸ばかりなる人いと美しうて居たり。3月ばかりになるほどに、よきほどなる人になりぬれば、・・・」という文章です。かぐや姫が竹筒の中で光って存在していたと言う発想は、竹筒の霊力の化身を意味しているし、かぐや姫が3ヶ月で大人になったと言う表現は、作者が竹の生態を知っていたからこそ発想出来たに違いないのです。当時、珍しい存在であったに違いない竹がほぼ3ヶ月で成長を完成すると言う特徴を知っていて、それをかぐや姫の成長に結び付けたと考えるなら、この作者の洞察力には頭の下がる思いがします。

●もう一度、竹取物語を・・・
 勇敢な隼人民族と強大な権力の大和王朝、九州で生まれ畿内で育った日本の竹文化、何か壮大で非情な歴史の流れをかいま見るとともに、竹に隼人民族の怨念がこもっているような気がしませんか。このような背景を知ってもう一度竹取物語を読まれたらいかがでしょう。今まで知っていた子供のかぐや姫でなく、大人のかぐや姫と会えるかもしれません。
(大井 浩二)
 8月の「竹の歴史」記事同様、日本の神話からも、竹と日本人の関わりの深さが伺い知れます。次回は「竹特集 第3回:竹と生活」です。お楽しみに。

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